いまや、「広告といえばネット広告」と言えるまでに成長した、インターネット広告市場。CMや新聞広告、つり革広告などとはちがい、ユーザーがどういう経路でどれくらいクリックしたか、なにを購入したかなどを数値化し、細かくデータを分析できるのが最大の特徴です。
しかし数字だけを追い求めると、思わぬ落とし穴にひっかかるかもしれません。かつて、わたしがやってしまったように。
方法とは?
ヒントを得る
インターネット広告費がテレビ広告を上回った転換期
2015年、テレビメディアの広告費は1兆9323億円。それに対し、インターネット広告費は約1兆1594億円で、テレビ広告費の60%程度でした。しかしそのわずか4年後、テレビ広告費が1兆8612億円とやや減少したのに対し、ネット広告費は2兆円を超え、ついにテレビの広告費を上回ったのです。*1
たった4年ですよ、たった4年。その4年間でネット広告費は倍近くまで伸び、テレビの広告費を抜いたのです。あまりにも急激な変化ですよね。これは、広告界における大きな転換期です。
それでも儲かる?ウェブ広告の強み
ネット広告費は2兆円を超えどんどん拡大している背景には、ネットの利用者が増え、利用時間が伸びている、という追い風があるでしょう。そのうえで、「数字を把握できる」という圧倒的な強みがあるから、ネット広告は企業に好まれているのだと思います。たとえば、ニュースサイトAで表示されたスピーカーの広告を、わたしがクリックしたとしますますよね。で、そこからスピーカーを取り扱っている音楽系販売サイトに飛び、10分くらいいろんな商品を見てみます。最終的に、小型スピーカーとイヤフォンを購入しました。そうすると、ニュースサイトAと広告を出していた音楽系販売サイトは、わたしが「ニュースサイトA」を経由し、「10分間」サイトに滞在したことなどを把握することができます。
実はこの「数字で各データを正確に把握」というのは、テレビCMや新聞広告、つり革広告、ビラ配り、ポスティングなどでは、とてもむずかしいのです。つり革広告を何人が見て、そのうち何人が興味を持ち、そのうち何人が購入したかなんて、確かめられませんからね。しかし、ネット広告であれば、それがかんたんにできてしまう。
「ニュースサイトBのユーザーはなかなか広告をクリックしないけど、サイトAは好調だな。Bへの出稿はやめてAに絞ろう。アクセスの動向を見てユーザーのライフスタイルを把握、それに合わせて広告内容をもう少し工夫して……」なんて戦略を練りやすい。ネット広告は数値化して俯瞰しやすいので、企業としても「扱いやすい」のでしょう。
テレビCMより圧倒的に「邪魔」なネット広告
しかしJIAAによると、PC、スマホのネット広告を「不快」だと思う人は30.95%、「邪魔」だと思う人は36.7%という結果が出ています。テレビCMに対して「しつこい/不快」だと思う人は12.1%、「邪魔な/煩わしい/うっとうしい」と思う人は16.2%ですから、テレビCMよりも倍の結果になっているのです。*2
たしかに、テレビCMであれば、「ちょっとトイレに行こうかな」「飲み物を取ってこよう」と席を外したり、のんびりスマホをいじりながら待ったりしますよね。しかしPCやスマホで表示されるネット広告は、わざわざ閉じないかぎりずっと表示されていることが多いうえ、すべての広告を閉じられるわけではありません。興味ないものがずっと表示されるのは、たしかに不愉快です。まったく入るつもりのない保険の広告とか、動画再生前に強制的に見せられるコスメの広告とか、うんざりしますもんね。
Twitter、とりあえずケンタッキーって言葉を呟いとけば広告がケンタッキーになるので興味ない広告を見なくてすむかもしれない
— 1990年の少年 (@1990sshounen) November 14, 2021
このツイートに2万以上の「いいね」がついていることからもわかるように、ネット広告をネガティブに捉えている人も多いのです。
数字を追う虚無感を知ったアフィリエイト
拡大するネット広告市場と、消費者たちのネガティブな感情。このすれ違いはどういうことでしょう?それは、広告を出している側が「数」に囚われ、本当に大切なことが見えなくなってしまったからではないでしょうか。
そう思うのは、わたし自身が一時期、ブログの収益化にハマっていたからです。「雑記ブログでちょっと収益化できたらいいなー」くらいの気持ちでしたが、それでも月15万円ほど稼いでいました。しかしそこで、数字を追う虚無感を知ったのです。
</h3>数字を追う楽しさにハマってブログに夢中
数年前、同世代(現在アラサー)のブロガーたちが次々とのし上がっていき、ブロガーブームが巻き起こりました。ちょうど、オンラインサロンが流行り始めたときです。同世代が「月100万達成!」なんて言ってるのを見ると、やっぱりちょっと気になるじゃないですか。というわけで、気ままに雑記ブログを書いていたわたしも、収益化に手を出し始めました。本の感想といっしょにamazonのリンクを貼ったり、海外旅行ツアーやレンタルWi-Fiのバナーを置いたり。
とはいえ、ただアフィリエイトをぺたぺたするだけじゃありません。Google検索で上位に表示されるために、記事のタイトルや見出しを工夫し、よく検索されるキーワードを拾って記事を書き、毎日掲載順位をチェック。ユーザーがどの記事のどの部分で離脱したか、各記事の滞在時間はどれくらいか、どのリンクをクリックしたかなども分析しました。
これらはすべて数字で把握できるので、試行錯誤の甲斐があり、まるでゲームをやっているようでとても楽しかったんですよね。「最近掲載順位が上がってきてるぞ! ここに手を加えたら、もう少しアクセス数が増えるかも!」という感じで。
そう、楽しかったのです。最初のうちは。
ウェブ広告で稼げた!でももうやらないと決めた日
最初は夢中で数字を追いかけていたわたしですが、だんだんと疲れてきちゃいまして。お金のためにブログをやるのならそれでもいいけど、わたしは、そういう理由でブログをはじめたわけじゃなかった。Google検索で一番上に表示されるためではなかった。もともとは、自分の気持ちを好きなように書いていつかだれかのもとに届けばいいな、わたしの言葉を受け取ってもらえたらうれしいな、そんな気持ちでブログをはじめたのです。だから、「数字」ばかりを見てブログを運営する自分に、だんだんと違和感をもつようになりました。
わたしが「数字」として見ていたアクセス数や滞在時間、リターン率やシェア数は、すべて「どこかのだれか」なのに。「100回アクセスされた記事」ではなく、「この記事に100人がアクセスしてくれた」と喜んでいたころを思い出し、「なにやってたんだろ……」と虚無感に襲われました。その後、アフィリエイトに注力することはやめて原点回帰。いまでも一応アフィリエイト記事は残っていますが、完全に放置です。
数字が見えるからこそ囚われてはいけないむずかしさ
アフィリエイトにかぎらず、プロモーションを手がける人たちは、日々多くの数字をチェックし、比較し、分析するでしょう。できるかぎりのデータを集め、多くの利益を上げられるように試行錯誤するものです。そしてネット広告は、数字との親和性が抜群に高い。
どの方法がどれだけ結果につながったのか。リピーターはどれくらいいるか。何時ごろ売れ行きがいいのか。どの地域でとくに人気があるのか。そういったことを、かなり正確に把握できます。そして「数字」がわかりやすいからこそ、その「数字」があらわすものが「人」だということを、すぐに忘れてしまうのです。
ステマにコンプレックス広告……問題の背景
ネット広告といえば、ステマやコンプレックス広告などがたびたび問題になり、ガイドラインが設けられたり規約が追加されたりしていますよね。たとえば消費者庁が挙げている例のように、本当は東京都内だけに適応するのに、その注意書きを小さい文字にしてデカデカと「送料無料」とアピールするような広告。これはほとんど詐欺のようなもので、極めて悪質です。*3
こういった倫理違反の広告も、数字に囚われた結果じゃないかと思うのです。だって、わかりやすく数字が伸びるから。広告を受け取る人たちのことを考えれば、それが「アウト」なことくらい、すぐにわかります。でも数字だけ見れば「いい結果」が出ているから、ついやってしまう。一番大切にすべき消費者を「数」として扱うと、広告主やメディア、広告代理店(制作者)のひとりよがりになり、大切にすべき消費者を傷つけてしまうのです。受け取る人の「気持ち」より、「数」を重視した広告が多いから、冒頭で紹介したように、ネット広告にネガティブなイメージを持つ人がたくさんいるのかもしれません。
そもそも広告を出稿する目的はなに?
そもそも、広告の目的はなんでしょう?
「商品やサービスを宣伝し購入してもらう」、もしくは「ブランドのイメージアップ」のどちらかですよね。そしてそのどちらであっても、人の感情に訴えかけるのは変わりません。だからこそ、忘れてはいけないのです。人の行動は数値化できても、感情は数値化できないことを。
何回その広告が表示されたかはわかっても、それを見たユーザーが「この商品いいな」と思ったのか、「この広告うっとおしいな」と思ったのかはわかりません。後者であれば、広告なんて出さないほうがマシです。
新商品をマメにチェックして長年応援してくれているファン1人と、気が向いたらたまに手に取るこだわりのない消費者10人。内容も質もまったくちがうのに、数字だけ見れば「1」より「10」のほうが「いい」ように見えてしまいます。
でも広告で大事なのは、それぞれの「1」がどんな人で、どんな思いでそれを手にとってくれたか、という「気持ち」ですよね。だって、100人が購入してくれても、「もう2度と買わない!」と思わせちゃ意味がないですし。
数字を見てるだけじゃ伝わらない想い
以前わたしが出版したとき、恐れ多くも新聞広告を出していただきました。そのとき編集の方に「これってどれくらいの効果があるんですか?」と聞いたところ、「わかんないんだよね。だからやめられないんだ」という苦笑いが返ってきました。たしかに、書店で購入してくださった方が新聞広告を見たかどうかなんて、わかりませんよね。購読者数はわかりますが、その何割が広告を見たか、それが購入に繋がったかは、確かめづらいでしょう。
でも、もしかしたら、広告はそっちのほうがいいのかもしれません。数字として把握できないから、「これを見たらどう思うか」「ターゲット層にはどんな広告が届くか」と想像します。消費者の気持ちになって考えます。広告を受け取るのが「人」である以上、そうやって「数」より「気持ち」に重きをおいた広告のほうが、多くの人の心に刺さるんじゃないかなぁ、と思うわけです。たとえば、SK-Ⅱの商品がいっさい出ないこの動画。
商品を周知するより、購入ページに誘導するより、伝えたいことがあった。そんな気持ちが伝わってきます。「数字」だけを見ていたら、商品を出さない広告なんて、きっと許可が下りなかったでしょう。でも本当に大切にしたい「人」の「気持ち」を考えたからこそ、この動画が完成したのだと思います。
おわりに
数字を追い求めるのは楽しいし、数字として把握できるとやりやすいのはたしかです。しかしその数字が「人」であることを忘れてしまうと、本来の広告の目的を見失ってしまうかもしれません。そういった危機感もあってか、最近は広告のガイドラインや規制が厳しくなり、ネット広告の健全化が進んでいますよね。
それは、大切なのは受け取る「人」であって「数」ではないことを、暗に伝えているような気がします。ネット広告をうまく扱えば、たしかに大きな利益が見込めます。だからこそ、目先の数字にばかり囚われず、「その数字の先にいる人の気持ち」に目を向けることが大切なのではないでしょうか。
・参考文献
*1 「2019年 日本の広告費」電通 p1
https://www.dentsu.co.jp/news/release/pdf-cms/2020014-0311.pdf
*2 「『2019年インターネット広告に関するユーザー意識調査』 調査結果」一般社団法人 日本インタラクティブ広告協会(JIAA) p4
https://www.jiaa.org/wp-content/uploads/2020/01/20191211_jiaa_user_survey_report_2019.pdf
*3 「インターネット上の広告表示」消費者庁
https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/representation_regulation/internet/
・執筆者
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雨宮紫苑
ドイツ在住フリーライター。Yahoo!ニュースや東洋経済オンライン、現代ビジネス、ハフィントンポストなどに寄稿。著書に『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)がある。twitter→@amamiya9901
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